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差別化でさらに繁盛店へ りゅうのお店の売上のつぼ

本当のプロフィール

本当のプロフィール

2019年12月30日

こんにちは

 

改めての・・・を物語仕立てでプロフィールを紹介しているのですが、

 

読者の方よりそれ以前のが知りたいとご質問を頂いたので書いてみたいと思います。

 

 

 

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僕が生まれた家は代々商売人の家系だ。

 

父親は6人兄弟。うち一人は女性だ。

 

 

父は次男として生まれた。

 

りゅう家はそんなにお金持ちではなかった。

父が小学3年生の時に家族会議があって、父の父(祖父)は息子たちにこう言った。

 

「これからお前たちが食う飯代は自分で稼げ!

 

うちは貧乏なんだ。

 

 

 

 

その家族会議があった翌日、兄弟みんなで話し合った。

 

「どうするよ?

 

今月あと3日は母も何も言わずに飯作ってくれるって

 

言ってたけど、来月からほんとに作ってくれないぜ?」

 

 

長男が言った。するとうちの父(次男)が、

 

「じゃあ、なんか売って金を作ろう!

 

売るものは皆自分で考えろ。」

 

そうしてその夜は、皆考えながら寝床についた。

 

 

 

 

 

次の日、父は新聞配達所に向かった。

 

 

「すいません。

 

俺に新聞を配らせてくださいっ!」

 

 

・・・当時はまだ、戦後の時代。小遣い程度だが小学生でも新聞配達をやらせてくれたそうだ。

 

その日から、父は朝、夕の新聞配達をすることになった。

 

 

 

数日後、家族会議が開かれた。

 

「お前ら、ちゃんと稼ぎ口はあるんだろうな。

今月末にお金をださなかったら来月から飯抜きだからな。」

 

そう父の父(祖父)は言った。

 

 

 

兄弟が集まり

 

「皆の状況報告しようぜ。

 

俺は瓶を色々集めて、酒屋に買ってもらってる。

 

父(親父)はどうだ?」

 

長男がそういった。

 

 

「俺は新聞配達。けど、こずかい程度しか稼げねえわ。」

 

 

続いて、三男、四男、五男と答えていく。

 

「・・・お前らは協力して空き缶集めか・・・低学年だからあんまり集めれねえな・・」

 

体の小さい三、四、五男は皆で空き缶を集めていた。

45リットルのゴミ袋にパンパンに空き缶がつまっている袋一つでも三人がかりだ。

 

 

「三、四、五男は3人分の飯代にもならねえ・・・

 

次男(親父)どうする?」

 

長男が父(次男)を見て、そう言った。

 

 

 

 

「俺がなんとかする・・・」

 

 

父(次男)は親分肌だ・・・・

僕が小さい時に、家に会社の人達や、取引先、また親戚等もしょっちゅうきてた。

僕は部屋から1階のトイレに行く時くらいしか話しているのは聞こえなかったけど、

相談に来ていたのは何となくわかってた。

 

 

 

 

父(次男)は新聞配達をしているけど、それじゃあ弟たちの分が足らない・・・・

 

どうしようと考えた挙句、新聞配達所の責任者にこう言った。

 

 

「あの・・・新聞、

 

余ってるやつでいいんでもらえませんか?」

 

 

新聞配達所は配達分以上の新聞がやってくる。

読売、朝日、産経など配達料(納品量)により、

その店の位、バックマージンなどが変わってくるので

配達所はかなりの余分な新聞が納品されてた。

 

 

そこに父(次男)は目を付けたんだ。

 

 

ただでもらえるから、

 

これを売ったら金になる!

 

 

そう思った父(次男)は、新聞を契約していない家庭に売り歩いた。

契約者より安く売って稼いでたんだ。

 

当然、契約している家から苦情が入るようになってくる。

 

 

「近所に売りにきている小僧の方が

 

安いじゃねえかっ!どうなってんだっ!」

 

 

そんな苦情が入るようになり、責任者からお説教をくらう日々が続いた。

 

 

「次、そういった苦情が入ったらもうやめてもらうから!」

 

 

そしてとうとう最後通告をされてしまった。

 

 

 

「もう無理だな・・・・どうすっか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

そんな時に、父の父(祖父)が過労で倒れて入院することになった。

 

父の父(祖父)も苦労していたんだ。6人の子供を学校に行かせて家のローンも払っていたから。

 

 

 

父(次男)は学校が終わってから毎日のようにお見舞いに行っていた。

 

 

 

父の父(祖父)は

 

 

「お前には苦労かけるなー・・・

 

一番家に金を入れてくれているのはお前だ・・・助かるよ」

 

といって、父(次男)をねぎらった。

 

 

 

 

その日のお見舞いの帰り、父(次男)はあることをひらめいたんだ。

 

 

 

そうだっ!

 

ここで新聞を売れば・・・

 

 

 

 

 

父(次男)のひらめきは的を射ていた。

 

 

病院は毎日、暇な人が多い。売店なんて病院にない時代だったから、みんなお見舞いに来た人に雑誌や新聞を持ってきてもらっていた。

もちろんテレビなんて一般の病棟には備え付けられてなんてなかった時代。

 

 

 

次の日からは新聞を病院で売り歩いた。

 

 

「新聞いりませんか?今日の新聞だよ!」

 

 

瞬く間に新聞が減り、何回も配達所に取りに行った。

 

しかも普通の価格の1.8倍ほどの価格をつけたが、

 

そんなの関係なく、飛ぶように売れたそうだ。

 

 

 

自分の体が一つしかないのがこんなに歯がゆいなんて・・・・

 

当時の父(次男)はそう思っていた。

 

 

 

 

 

そして、その次の日から三男を誘った。

 

 

「お前もやれ!

 

空き缶なんて稼ぎのないものはもうやめろ!」

 

 

三男は無理やりやらされたのだが、重い空き缶よりも楽で、稼げる事に驚いた

 

 

 

 

その次の日から4男も加わり、加速度的に稼ぎが増えていく・・・・・

 

 

 

最後に聞いたのは、

 

長男以外の兄弟全員で

 

同じ町内の病院ほとんどに売りに行き、

 

かなりの金額を稼いだらしい。

 

大層両親にも感謝されたそうだ。

 

 

 

 

 

 

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そんな親父だから、僕が生まれた家は商売人の家。

幼稚園に行く前から手伝いをしていた。

 

 

正月休み、お盆休み、春休み、夏休みと学校の休みがつく休みには家族総出で、

 

どこかの競馬場、競艇場、競輪場に行き、トタン板を引いた上で革ジャンや冬のコート、サングラス、おもちゃなどを売った。

 

もちろん、会社の人?みたいな人も参加して売っていた。

 

 

 

幼稚園前~小学3年生くらいまでは母親にくっついて過ごした。

 

声もまだ恥ずかしくて出せなかった。

 

 

 

小学校4年くらいから親父に

 

 

「お前は今度からおもちゃを売れ!」

 

って言われた。

 

 

正月は大阪の競艇場の入り口付近でトタン板をひいておもちゃを並べた。

横には革ジャン、サングラスなども並んでた。

 

僕は自分でおもちゃをトタン板に並べて、自分なりに売れる並びを考えながら、小さい声で

 

 

「いらっしゃーい・・・おもちゃ安いよー」

 

 

・・・・ほんとに消え入る声だったと思う。

 

 

 

賭けに来ている、大人たちに子供のラジコンとか人形とか売れないだろう・・・って子供ながらに思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ところがどっこい、夕方・・・最終レースが終わり、皆が電車に向かうピークが過ぎた頃、人だかりができた。

 

 

 

「僕ーー・・・・そのラジコン買ってあげるわ!」

 

にこにこしたじいちゃんが買ってくれた。価格は3000円だった。

 

 

その後も、ラジコンや人形、ライダーベルトなんかも結構売れた。

 

 

 

 

・・・・・すげー・・・俺でも売れた

 

・・・・もしや才能?

 

 

 

 

親父からも

 

「お前、やるやんけ!」

 

 

って、褒められた。

 

 

 

 

 

 

後で聞いた話だと、

 

 

 

最終レースが終わりゆっくりと帰っている客

勝って換金してきた

子供がおもちゃ売っている

レースに勝った客が息子、孫を思い出す

正月に賭博場に来ている罪悪感

子供の為になんか買って帰るか

 

 

 

この完璧な仕組みが

 

最大限の効果を発揮するらしい。

 

 

 

そんなこんなで毎年駆り出されて、売る場所は賭博場。

 

普通のデパートのお客さんとかに比べて、荒い人が多く、言葉を選ばないと怒鳴られるような経験をしてきました。

 

特殊な場所でもある為、色々な人がいました。

 

怖かったり、面白かったりと、それこそ超濃厚な時間を経験したと思います。

また、親父が他界し、毎年のように立っていたあの賭博場前も、やはりというか・・・当然というか、

裏関係の方と親父が話をして開けてもらっていた事がわかったりとか、

レースを賭けてしたことはないですが、競馬、競艇、競輪場場内は小学校低学年の時に、

 

雨が降り始めたら親父に

 

 

「傘あるから、両脇に持てるだけもって、

 

千円で売ってこいっ!」

 

といわれ、

 

 

「かさせんえん、かさせんえんっ!」

 

って言って、走り回ったりしてたので大体の場内図みたいなものはなんかわかります・・・。

 

 

 

 

 

そんな経験から

賭博場という特殊な場所での販売において、

人の本能に訴える売り方、

また場所、環境で違う売り方(接客とか陳列とか)が大事な事を経験しました。

 

 

おつりを間違えて出した時に丁寧にお詫びを言うと「そんなんどうでもいいからはよせいっ!」

 

って怒鳴られるし、

 

買われたお客様におもちゃの説明をしようとすると

 

「あのなー僕、たらたら説明いらんねん。

 

どこに電池入れて、どこにスイッチあるか、

 

それでこう動きますだけ言うたらええ。

 

ちゃっちゃと説明せえ」

 

 

って、何人の人に言われたか・・・。

 

 

 

でも、同じおもちゃでもデパートで説明するんだったら、

もっと違う・・・ちゃんとした説明が必要だ。

 

なぜこのおもちゃがいいのかっていう説明みたいな・・・。

 

 

 

もう一度言うけど、

 

同じ商品でも

 

売る場所、時期、価格によって接客は違う。

 

それを臨機応変に変えなければ

 

物は売れない・・・

 

いや、もっと売ることは出来ない。

 

 

 

 

それを皆さんにわかって欲しい・・・・

そう思いながらブログを書いています。

 

 

 

 

 

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